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1958年(昭和33年) 上野村、富士宮市と合併

  • 昭和17年(1942年)6月1日:大宮町と富丘村が合併し、富士郡地域で初の市制施行となる「富士宮市」が誕生。富士郡を離脱。(2番目が昭和23年4月1日の吉原市、3番目が昭和29年3月31日の富士市である)
  • 昭和30年(1955年)4月1日:富士宮市と富士根村が合併。
  • 昭和32年(1957年)3月21日、静岡県(県知事:斉藤寿夫)から富士宮市と、北部4ヶ村の合併勧告がなされた。意外と知られていないが、この時、上野村の重役の一部では、隣接しており密接な関係であった、富士郡柚野村の北部、上柚野地域からの合併の可能性も示唆していたようであるが、同月3月31日に柚野村と富原村が合併して芝川町になったことでその案は無くなった。
  • 昭和32年(1957年)8月16日、合併促進協議会が設置された。ただ、この時点では、下記に記す理由などで上井出村と白糸村は不参加で、上野村・北山村2ヶ村による協議会であった。
  • 昭和32年(1957年)9月6日、富士郡北山村(村長:石川龍雄)が静岡県に富士宮市(富士宮市長:上杉増太郎)との合併を申請。
  • 昭和32年(1957年)9月10日、富士郡上野村(村長:佐野茂樹)が静岡県に富士宮市との合併を申請。
  • 昭和33年(1958年)3月6日、地理的な条件や、共有財産のあり方、朝霧開拓などで転入してきた村民との意識の差などで調整が難航していた上井出村(村長:渡辺三郎)が合併を申請。
  • 昭和33年(1958年)3月6日、面積は他の3ヶ村と比較して小さく、人口も最小であった白糸村(村長:井出繁)だが、植林の事業で財政が安定していたこともあり村内協議がまとまらず長期化していたが、財産区の調整もまとまり、上井出村と同じ日に合併を申請。
  • 昭和33年(1958年)4月1日、富士宮市と、上野村、並びに北山村・上井出村・白糸村の北部4ヶ村が合併し、富士宮市域が大きく拡大した。
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合併直前の富士宮市近隣地図。この頃はまだ吉原市が市域としては最も大きな面積を占めていた。吉原市・鷹岡町・富士市が合併するのはこの8年後、昭和41年のことである。

 

 

 

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